観音寺第一高校 (公立 ・ 共学)
 〒768-0069 香川県観音寺市茂木町四丁目2番38号  
 偏差値 : 62

香川県立観音寺第一高等学校 (かがわけんりつ かんおんじだいいちこうとうがっこう)は、香川県観音寺市茂木町四丁目にある公立の高等学校。西讃一の進学校である。通称「観一(かんいち)」。

[ Wikipediaから引用 ]

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元西鉄の佐川守一投手を知ってますか? 1955年 今年西鉄入りした二十人近いルーキーの中で佐川は西鉄待望のサウスポーだけに、球団の期待もまたひとしおだろう。香川県観音寺一高(旧三豊中)で二年生のときから現中日の大矢根投手とともにマウンドをふんでいる。大矢根がエースで佐川が第二投手。バッティングを生かして一塁を守ることが多かったが、三年生のときの予選ではむしろ佐川の方が好調だった。当時観音寺一高は空谷(中日)がいた愛媛の松山商に対抗する香川県のナンバー・ワンとして優勝候補の呼び声が高かった。その予選では破れたが、佐川は県下のベスト・メンバーに選ばれた。その後母校の先輩掛飛氏(早大OB、現いすゞコーチ)の紹介で東芝を希望したが、都合で入社出来ず、倉敷レーヨン岡山工場に就職した。一昨年暮空谷、大矢根をスカウトに来た富坂中日二軍監督が後になって佐川のことをきき「そんないい投手がいたのか」と残念がったという倉敷レーヨンではすぐエースとなり、入社してから二か月目京都市長杯争奪の全国選抜野球大会での手腕が認められた。この大会で倉敷レーヨンは佐川の健投で準々決勝まで勝ち残っている。一回戦は川崎重工業を三安打に抑え、自らもタイムリー・ヒットを放って3-1。第二戦は(京都クラブ)リリーフの責を果して9-4で快勝している。さらに都市対抗予選では一回戦に中国地区の常勝岡山鉄道局を牛耳って一躍中央球界にその名をとどろかした。岡鉄を破った投手というニュースに国鉄の楠見コーチがスカウトするため急ぎ倉敷に飛んだという話があるくらいである。秋の産別大会には化学繊維部門代表となった全倉敷レーヨン(西条、岡山、倉敷の三工場の合併チーム)に選抜されて出場対日本鋼管戦に先発している。三回までみごとなピッチングを見せながら四回二塁失からくずれ四点を奪われてKOされたがこれは若い彼が動揺したときに二人目に代えなかったベンチの失敗で、三回までのピッチングには彼の非凡さを認めた。フォームは実にきれいだ。身体は柔軟性に富み、ギコチない人の方が多いサウスポーには珍しいくらいだ。左投手独特の内角低目にくい込む速球に威力があり、カーブの切れもよい。カーブのブレーキが鋭いことも彼の特色の一つだこれでアウトシュートをもう一歩研究すればストレートの効果を倍加するし、ピッチングそのものも一段と向上することだろう。キャンプでフォーク・ボールの練習をして爪を痛め石本コーチに「お前のような投手が小細工をするやつがいるが、スピードだけに雄文だ」と叱られたいう。石本コーチが認めているように正攻派としての素質十分、シュートを中心とした球の配合を覚えることと、ウェイトを増やすこと、この二点に注意して練習すれば三原監督が望んでいるような第一線級のサウスポーになれることだろう。 プロ入りの動機 家庭の事情もあったが、野球一本で進みたかったのでプロ入りしたコントロールの修得が第一です。サウスポーにありがちなノーコントロールが私の欠点です。一にも二にもコントロールをつけることにつとめます。フォームは腰の安定。それにステップの位置です。制球力がついてからスピードやチェンジ・オブ・ベースに入ってもおそくないと思います。 目標とする選手 北原さん(西鉄)サウスポーにしてはコントロールがあることと、それに腰のバネがよく安定しているところを目標にして勉強したい。それに負けられないのは高校(観音寺一高)の球友大矢根投手(中日)です。 趣味 読書(歴史もの) 身長・体重・投打・年齢・背番号 五尺七寸十八貫三百、左投左打、十九歳、背番19 現住所 香川県観音寺市出作町106。

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